外来種(侵略的外来種)

 かみさんの買い物に付き合ってスーパーに行くと野菜や果物の種類の多さに驚く。昔は見たこともない種類がいっぱい。これがグローバルということ、物流が世界規模になったので海外の野菜や果物が手に入ることになったのだなあ。が、よく見てみると海外原産の植物なのに産地は日本。ということは日本の大地に海外原産の植物が生えているということか。

 そうなると外来種、つまり、「セイタカアワダチソウ」や「西洋タンポポ」、「ブラックバス」や「ブルーギル」と一緒ということだ。

 そこで、落ち着いて周りを見回すと、かなりの植物は外来種、日本の固有の植物の方が少ないかもしれない。もしかすると固有種と思っているものも遡ってみると外来種である可能性もある。

 我々は外来種に囲まれて、外来種に支えられて生きているのだ。

 

 だが「外来種」というと何となく「嫌悪、拒絶する物」というイメージも付きまとう。「固有種」を脅かす、文化を壊すなどが強調されるためだろう。そのように考えていた時に、「侵略的外来種」というワードを見つけた。

 「外来種」には「侵略的なもの」と「侵略的でないもの?」があるのだと。侵略的とは自分が守りたいものを脅かす物、侵略的でないものは自分には特に不都合はないあるいは好都合のもの、なんとも身勝手な分類だ。

 「ブラックバス」は釣り人には好都合、日本の固有の生態系については不都合である。

 海外からのバラスト水に交じって東京湾を中心に大繁殖をしている「ホンビノス貝」は現時点では漁業者にとっても消費者にとっても歓迎すべき好都合な外来種だが、いずれは迷惑な侵略的外来種と定義されるかもしれない。

 しかしこれらはいずれも、日本を中心に考えているだけのこと。

 世界には、我々はあまり認識していないが、日本発の外来種が沢山あるのだ。ポトマック川岸のソメイヨシノ、海外支援で持ち出された様々な植物、バラスト水に交じって運ばれた海洋植物や生物等もある。生息環境が違うため繁殖しなかったものもあるだろうが、天敵がいないため繁殖を続けたもののある。それらはみなが歓迎されているわけではない。

 例えば、ニュージーランド等では日本原産の「スイカズラ」による農業被害やバラスト水に交じって運ばれたであろう「わかめ」によるロブスター漁への影響は深刻で、侵略的外来種と定義され駆除の対象となっている。

 日本も、侵略的外来種の排出国であるという自覚が必要だ。

 この外来種をいかにすれば、排除、駆除できるのか?

 出来ない。ごく一部の特殊なケースや、ごく限られた範囲での問題の場合は別だが、実はもうすでに不可能である。

 そもそも、この外来種を考えるときには、何をもって固有種とするのか学術的な定義とは違い、氷河期の大陸との陸続きな状態や、大陸からの稲作の伝来、大陸との交流、ミクロネシアからの黒潮の動きの変化、海水温の地球規模での変化、シベリアからの渡り鳥の飛来、・・・・・・・等の状況から、古代より、外来種の交流、交雑が繰り返されている事実を認識し、外来種、固有種の分類などは学術的な見方であり、今あるもの、ある状態が自然であるとの前提で、よりよく共存することをコントロースするべきだろう。

 幸いなのかどうか分からないが、日本は国土を他国と海で隔てられているために固有種意識が高く、水際で上陸をとどめられると錯覚しているが、文明が進み海運が激しくなると大量のバラスト水が過去何十年にもわたって既に垂れ流しされてきた。ようやく未処理のバラスト水の排出を規制する国際条約が出来ているものの、経済大国で未批准の国もまだ多い。

 陸上の外来種撲滅が不可能である以上に海の外来種の撲滅は不可能だ。

 そもそも、どうしても撲滅しなければならないのだろうか。

 外来種の撲滅は、地震の被害を防ぐために続けられている予知という壮大な無駄(失礼、研究自体は無価値とは思は無い)をさらに進めて、地震が起きないようにすることに挑戦するようなものだ。

 地震が発生した時とその後の復興により多くの知恵と資材を注ぐべきだろう。

 

 外国人労働者受け入れの問題。「外来種」論議とマッチするかどうかわからないが、我々現日本人が日本国土の固有種だという錯覚が底辺にあっての論議になっているような感じがして、本質は共通な感じがする。

 私は北海道出身だが固有種ではない。どちらかといえば侵略的外来者の後についてきた外来種だ。そもそも、弥生人は縄文人にとっては侵略的外来種であり、もしかしたら縄文以前の居住者にとっては縄文人すら侵略的外来種であったのかもしれない。

 従って、学術的以外には個別種か外来種かの意味は無い。議論の余地のない日本の国土という地理的位置に住んでいる人は日本人であり、今現在も既に実質的にはそうなのだ。

 今、世界であらゆるものが繋がり国際的に流通している時代、日本に世界の人が集まってくるのは必然であり、止めることは出来ない。

 大切なことは、日本に集まる世界の人々がその土地の歴史や文化や社会的ルールを尊重すること。日本に住む人々は国籍にかかわらず日本人になる覚悟が必要だ。そうでなければ「侵略的外来種」に見られてしまう。

 それは結果として出身国だけで暮らす「島」を作ってしまい、他を排除する集団を作り上げてしまうのだ。

 一方、受け入れ側の日本、外国人労働者について、「職種が限定されている。」「多くの人数ではない。」「人数の上限を示せ。」「単純労働だから」等などの話題に国会までもが終始している。

 本質は違うだろう。

 世界の人が必要に応じて日本に集まるのは当たり前、日本で日本を大切にして暮らすために共生する覚悟を国民に問うことが大切であり最初に行うべきことだろう。

 

 今多くの日本人が海外に渡っている。どのような「外来種」とみられ、どのように過ごしているのだろうか。

 

   しかし、考えてみると、世界の動植物にとって最大の「侵略的外来種」は人類なんだろうなあ。

 

2018.12