蛸島の家 乙部町

 夕陽の美しい北海道桧山管内乙部町の道の駅元和台、国道229号線(追分ソーランライン)を挟んで山側に、「蛸島の家」という旧家屋がある。この蛸島の家、無料休息所として開放されているが、期間は7月中旬から8月中旬までのたった一か月。

 短い北海道の夏さらに短い限定開放となっている。

 

 この家は昭和11年、近くの可笑内(おかしない)地区に新谷松蔵という方が海産物商を営むために建てた店舗兼住宅で、後に乙部町が道路拡張に伴って購入、現在地に移設したものである。

 「蛸島の家」と呼ばれるのは新谷家の先祖が石川県の蛸島というところから移住したことに起因する。

 

 追分ソーランラインは自分の最も好きな道路のひとつで、道の駅現元和台にも度々車中泊をしてを有名な夕陽を眺めるのだが、タイミングが合わずなかなか蛸島の家の開館に出くわさなかったが、2017年8月に初めて入ることが出来た。

 

 この日は天気も良く、玄関や窓を開放した室内にはさわやかな風が吹き抜けまことに心地よい。町から依頼されている管理のおじさんが、同じく管理を任されているおじさんと世間話の真っ最中であったが、わたしの顔をみると冷蔵庫から麦茶を出してもてなしてくれる。

 最初は、見学客は私一人だけだったが、次々と見学客が来る。知る人ぞ知る有名スポットなのかも知れない。

 建物自体は、海産物の商い店舗であっただけに、三和土、上がり框、帳場から囲炉裏付きの居間、客間等と続くが、室内は襖や欄間など各所にこだわりがうかがえ各所なかなか立派だ。新谷さん(なれなれしいくてすみません。)は相当に羽振りが良かったようだ。

 敷地内にはもう一軒、二階建ての大きな建物があるが、こちらは入ってみると倉庫にも使えそうなサイズであるも、意外とがらんどうな感は無く、居宅として、しかも洋間使用等にも耐えられそうな素敵な建物だ。もう少し、手を入れたらどうだろう。

 

 「江差の春は江戸にもない」と言われたニシン漁の最盛期、今では過疎問題に苦悩する町村が続く渡島半島日本海沿いの桧山のこの地区に、日本中から(特に越後、能登、加賀)人が集まり賑わった当時の名残りを感じることが出来る、貴重な文化財。

 開館期間が極めて短いだけに、是非訪れておきたい施設だ。

 

 因みに、昭和55年に施設が移設されるまで建っていた可笑内地区には、姫川という中小河川が流れている。この姫川は、静御前が蝦夷へ渡った義経を追ってたどり着き、身を投げたという北海道に数ある義経伝説の一つが残る。静御前はこの世に何人いて何か所で死んだのだろうか。

 

 乙部町元和台は北海道で最も美しい夕陽が眺められるポイントの一つ。

 展望広場に建つ「潮笛」のモニュメントが特異なアクセントとなり、他では得られない夕陽を拝むことが出来る。ありがたさを感じるほどの見事な夕陽、夕陽にむかってお祈りや念仏を唱える人々を見かけることもある。

 ふと振り返ってみると、夕陽に照らされた蛸島の家もごく短時間ながら赤く染まって夕陽を眺めている。

 夕陽が主役の時間が終わると、星と漁火の夜明け、この展望台は一日中楽しめる。

 日中は、遥か南海上に渡島小島が見えることもあり、北の海岸線には雄大な「館の岬」(「館の岬」は夕陽に映えても美しい)が美しい。

 

*「潮笛」モニュメント

1795年乙部の漁師3人がコンブ漁の最中に時化で、ダッタン(中国吉林省)に流され、2年間をかけて北京や長崎を経由し、苦悩の末帰村した。この忍耐と努力、望郷強い意志を讃えて制作された。