密猟の悲劇 千代丸事件

 鮑、雲丹、海鼠 北海道の海産物はすごい人気だ。それだけに毎年密猟の被害が絶えない。

 海産物の密猟はいつごろからあったのだろう? 少なくとも密猟の概念が生じるということは、漁業権の概念が生じたと同時期か実態としてはそれ以前ということになろう。

 古来は海は公私共用、つまり自由だったのだが、江戸時代に藩主への魚介類の貢租のために、漁業権のような概念が発達したらしい。

 

 密猟は純粋な被害以外にも様々な悲劇を産んだ。

 日本最高の高さを誇る灯台の立つ北海道せたな町の茂多(もった)岬、その沖合冬の日本海で昭和8年2月24日その悲劇は起こった。

 瀬棚漁協所属の密猟監視船第二幸運丸が岩内船籍の底引密猟船千代丸に衝突され沈没したのだ。

 第二幸運丸の船長、機関士及び乗組員計4名は海に投げ出され全員死亡、漁業関係ではないが乗船していた柴崎幾太郎(瀬棚町)は千代丸の従業員に暴行んされて惨殺された上に、髪や眉をそぎ落とされ、全裸にされて海中へ捨てられるという、なんとも猟奇的な殺人事件であった。

 千代丸は密猟の常習であったようで、千代丸船長は死刑、他の乗組員もすべて懲役刑となっている。

 

 茂多岬下を通る国道229号線茂多トンネルの近くには、この千代丸事件の慰霊碑がある。

 新しい。やはりこの悲劇を忘れまいとする瀬棚漁協漁師の密猟に立ち向かう強い意志があらわれている。